「TELEonomy SCOop」
生物の進化は神秘で満ちている。海が生まれ、生命が溢れ、そして生物は進化を遂げる。
仮に、人類に害をなす『目的』を持ち進化を成した生命がいるとしたら――。
未知なる海。海底は深く、そして暗い。
深海伝記 三章 第一節 冒険家 Cappair Roll
水に恵まれたその惑星では、人々が海に出て漁を行い生活していた。美しいサンゴ礁に囲まれたこの地域では魚や貝などの海産物が豊富で、特にタコとイカは主要な食物として親しまれていた。
「今日は大量だね」
「ああ。特に今日はタコとイカがたくさん掛かったから、しばらくいい酒が飲めそうだぜ」
沖に出ていた二人の漁師は、回収した仕掛けの手入れをしていた。
「でもさ、最近じゃ魚があまり捕れないよね。タコとイカなんか全然揚がらないし」
「そのおかげで俺たちが捕った魚が一回りも二回りも値が張っているんだ。減少様々だぜ」
「かもしれないけどさ……」
男のひとりが沖を見る。空を映したような澄んだ海原。漁船には一定の間隔で穏やかな波が打ち寄せられている。ここ最近の海は今日の様な穏やかな海でも急に荒れることが多く、それが漁獲量の減少の原因であることは明らかだった。海の急な変化に備えるため、漁に出た船乗りたちは海面の僅かな変化にも気を配っていた。
「数が減ったのってさ、あの時からだよね」
「ん、あの時って?」
「ほら、隕石が落ちた時だよ」
一ヶ月前、青白い光の帯をまとった隕石が沖に落ちた。海面は衝撃によって大きな水柱を作り、港を襲う大津波を起こした。船は流され、港近くの倉庫は波に押しつぶされ、しばらく漁に出ることができなかった。
「組合のみんなだって言っているよ。あの時から捕れないって」
「あの隕石が原因だってか? バカバカしい」
男はタバコを手に取り、ヘラヘラと笑い言い放つ。
「海が荒れたから、タコ様もイカ様もお魚様もびびって隠れて出てこなくなっちまったんだよ。しかし見ろ、今日はこんなに捕れたじゃねぇか」
昨日まではほとんど捕れなかった獲物を指差し、男は上機嫌で紫煙を吐き出す。
「それともアレか、隕石つながりの例のやつの仕業ってか?」
「う、噂だから……、僕にもわからないよ」
漁獲量の減少の原因ではないかと密かに噂されている事があった。それは隕石が落ちた夜から、一部の漁師達が目撃しているとされる『化け物』の噂。
隕石が落ちた夜。漁師たちは港の様子を心配し、船着き場に駆けつけた。津波の被害は甚大で、漁師たちは呆然と惨状を目の当たりにした。倉庫は流され、船は打ち上げられ無残に大破していたのだ。全員が悄然としているその時、背後からバシャバシャと水の跳ねる音がした。落胆していた漁師たちは、荒れた海の上に不気味な影を瞳に映した。月光の青白い光を背にし、人のようで人ではないその影は、ゆっくりと、海中に姿を消してしまった。頭部にあたるであろう部位が海面に浸かる前、その影は確かに笑っていた。
悪意ある笑み――それが、漁師たちに伝わる『化け物』だった。
化け物の噂が広まる中、沖に出た漁師たちは、日が落ちると警戒態勢をとるのが日常となりつつあった。
漁に夢中で、気がつけば日も暮れ、自分たちの船以外沖に出ている船はない。そろそろ頃合いと思い、仕掛けを巻き上げていた時の事だった。漁船に乗っていた漁師の男がひとり、海に落ちたのだ。船に乗っている以上、波に大きく揺られて体制を崩せば、海に投げ出される事もあるだろう。しかし、海は凪いでいた。穏やかな揺れの中、船乗りがよろめき海に落ちる事は、そうあることではない。落ちた男を引き上げると、彼の足には無数の噛み痕が紅く浮き上がっていた。まるでタコやイカの吸盤で吸い付かれたような痕だった。異常だったのは、その痕の大きさだ。通常なら、吸盤で吸われてもそれほど大きな痕は残らない。出来たとしても小さな怪我で済むだろう。しかし、男の足に残っていた痕は、大人の拳ほどの大きさだった。皮膚は歯形のように抉られ、赤黒く腫れ上がっていた。落ちた男はガタガタと震えるばかりで、船が港に戻るまでに何度も同じ言葉を呟いていた。
『化け物』だ――、と。
「もしかして、落ちたのは隕石じゃなく――」
タバコを咥えた男は空を仰いで伸びをする。晴れた空は眩しく雲を映していた。
「――侵略者の宇宙船だったりしてな」
何気のない雑談。ただの笑い話。しかし仲間の返事はなく、代わりに男の視界は『何か』に遮られた。
船の揺れを感じた。水滴の音が聞こえた。暗闇を、見た。
沖合に漂う一隻の船。男が二人いたはずの船に、人影はない。
事件が明るみに出る、約二日前の出来事だった。
生物の進化は生き残るための術である。
淘汰され、滅びぬために命は進化を繰り返す。
海が生まれ、命が作られ、進化を遂げた者のみが生き残る。
それに果ては無く、命は進化をし続ける。
ある『目的』を持ち進化を成した生命の存在、その可能性――。
未知なる海。海底は深く、そこに光は届かない。
秩序に溢れ、平和を司る場所――世界政府機関は喧噪に包まれた。
ひとりの部下が慌ただしく扉を開く。
「ステレン卿、大変です! 港で化け物が暴れているとの情報が!!」
「なんだと!?」
「現在、死者は十数名。漁船から水揚げしているところを襲われたようです」
老人の紳士、ステレン卿と呼ばれた男は苦悶の表情を浮かべた。
「……我々は間違っていた」
ステレン卿は壁を叩き、怒りを噛みしめた。
「奴らが話し合いに応じる連中ではない――、そう認識していたはずなのに……」
一瞬の沈黙の後、部下が指示を仰ぐ。
「いかが致しますか?」
「早急に兵を集めてくれ、奴らの進行を抑えるんだ」
「はっ!」
部下は駆け出し、部屋を出た。
部屋に残ったステレン卿は、独り言を呟く。
「彼女を……、呼ぶしかないだろうか」
港では化け物が闊歩していた。
「ふはははっ! 愚かな人間ども、海に帰すがいい!!」
異形の姿はまるで、タコやイカの軟体生物のような容姿だった。人間のように二本足で歩くことはなく、複数の触手で這いずるように進む。触手を伸ばし、槍のように攻撃をしてくるため、鎮圧に向かった兵はなかなか近付くことが出来なかった。
「発砲の許可を出す、全員、構え!」
その声に従い、兵たちは銃を構える。
化け物に銃口を向け、
「撃てっ!!」
隊長の号令に合わせ、撃鉄を落とす。火を噴いた銃口から、化け物めがけて弾頭が飛び出した。数十発の弾丸が化け物に降り注ぐ。一瞬の静寂と共に砲煙が徐々に薄くなり、そこから化け物の姿が再び現れる。傷跡一つ付かず、微動だにせず立っている化け物の姿がそこにあった。
「ふははははっ! なんだ? そんなオモチャで我が輩を殺そうと思っているのか!?」
発砲を続けるも、放たれた銃弾は化け物の皮膚で弾かれ、傷を負わすことが出来ない。兵たちが動揺を隠せないでいる中、化け物は銃弾の雨を気にすることなく兵に向かって突進した。兵は逃げる間もなく化け物に捕まり、触手に巻かれて建物の壁へと叩きつけられ、小さな悲鳴を上げて気絶した。
「どうした、どうしたのだ! お前ら人間はその程度の生物なのか!?」
振り回した触手は建物を壊し、兵を薙ぎ倒す。触手の先端にふれた兵は皮膚を裂かれ、吸盤に吸われた兵は痕を残してうなだれた。
銃撃が効かない中、兵士たちの士気は下がりつつあった。それでも銃撃は続く。逃げながら、化け物と距離を置きながら。市民を守る、使命の為に――。
「うわぁっ! タコなのか? イカなのか!? くっ、来るなぁぁぁ!!」
逃げる兵に容赦なく化け物は襲いかかる。触手を振り回し、兵を薙ぎ倒し、化け物は低いうなり声を上げた。その声に反応し、海から魚や貝などの化け物がわらわらと港に姿を現す。沖の方では、巨大な戦艦が海上へゆっくりと浮上した。それが、漁師たちが隕石だと思っていた物の、真の姿だった。
「元帥。用意はすべて整いましたでございます」
手下らしき魚の化け物が、仰々しく耳打ちをする。
「うむ、ご苦労であった。」
マントを着付けた化け物の親玉は、銃弾の嵐をものともせず言い放つ。
「我が輩はタコイカ! この星を支配するために降り立った、軍団『テレスコ』の元帥であるっ!!」
化け物兵を背後に従えたタコイカ元帥は、マントをなびかせ血のついた触手を惑星の兵に指す。
「まずはゴミの始末だ」
おおうっ! と地鳴りするほどの雄叫びをあげ、化け物兵たちはタコイカ元帥の指揮のもと、侵略を開始した。
部屋には誰も入れるなと部下に命じ、ステレン卿はひとり、嘆いた。
「甘く見ていた。最悪の事態が起ころうと、我々の力ならば化け物どもを排除できると思っていた。しかし、これほど強力な兵力を保持していたとは……」
ステレン卿は自室の椅子に座り、頭を抱えていた。このような姿を見せては世界政府の最高機関といえど、士気は目に見えて下がっていただろう。
「どうすればいい……化け物は街にまで進行している、海はもはや奴らの支配下だ……」
化け物相手に武器はほとんど効き目がなく、決定的な打開策は見つからずにいた。ステレン卿は机に肘をつき、手を組んで目をつむる。
もはや、為す術なし――。
ステレン卿が諦めかけた、その時だった。
「なんだか湿気た顔してるわね。んー、老けたって方があってるかも」
ステレン卿が目を向けると、少女がひとり立っていた。
「入るなって言われたけど、お邪魔しちゃった」
エヘヘと笑う少女の背後では、部下が申し訳なさそうに頭を下げていた。
「いや……、よく来てくれた」
セイラー服にカーディガンを羽織った少女は、にっこりと笑って見せた。
「ピンチに登場! なんだかヒロインみたいでかわいいでしょ?」
「そうだな、君は救世主……、もしくは我らの女神様だよ、サヨリちゃん」
にこにこ笑顔だったサヨリは表情を引き締め、ステレン卿に敬礼する。
「これより、サヨリ、お魚退治に出発します」
「すまない。サヨリちゃんに頼るしか、我々に残された道はないのだ……」
サヨリは笑みを浮かべ、
「まっかせといて!!」
軍団『テレスコ』の討伐へ向かった。
こうして、サヨリとタコイカ元帥の熾烈な戦いが始まったのだった。
〜脚本・演出・監督〜
タコイカ
タコイカ 「監督、タコイカ……っと。できた、とうとう出来たぞ、吾輩の――」サヨリ 「あ! なに書いてるのー?」
タコイカ 「サ、サヨリちゃん!? いや、これはあの、その……」
サヨリ 「見せてよー」
タコイカ 「あ、取らないでよっ!」
サヨリ 「えーっと、なになに? タイトルは……てれ? すこ?」
タコイカ 「オッホン。それは『テレオノミー・スクープ』って読むんだよ。我が輩の新作である『TELEonomy SCOop』の台本となるべきもので、我が輩はこれでHeelとして主演男優を演じ、そして行く行くは世界を羽ばたく大スターに――」
サヨリ 「……ふーん。難しいから『てれすこ』でいいや」
タコイカ 「ええっ!? いや、ほら、このタイトルの意味には生物の進化やそのほか――」
サヨリ 「うるさいの! 『てれすこ』っていったら『てれすこ』なの!!」
タコイカ 「そ、そんな……」
サヨリ 「それにしても変な名前。てれすこ。てれすこー。てーれすこー……ぷふ、ぷははっ!!」
タコイカ 「そ、そんなに、笑わないでよ……」
サヨリ 「だって、変な名前だし、お話も変なんだもん!」
タコイカ 「そう、かなぁ……」
サヨリ 「変だよ、ヘン! タコイカ君が元帥なんて笑っちゃうもん!!」
言いたいことだけ言って、サヨリちゃんはどこかに行ってしまいました。
一方、残されたタコイカは……。
タコイカ 「ムキー!!」
怒りのあまり、全身まっ赤っかになってしまいました。
タコイカ 「こうなったら、このお話通りに惑星を征服してやるもん!!」
こうして、タコイカは自分を『タコイカ元帥』と呼ぶようにし、友達の悪ガキたちを集め、軍団『テレスコ』を名乗って、街で暴れはじめたのでした。